野いちご風味な手紙

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ぽるらしく


#第一章 棒の魅力

 その棒はとてもすばらしく、ポルはとても気に入っていました。
 ちょうど良い長さで、持ち歩きながら振り回してみれば、風を切る音と共にその軽さを感じます。手触りも滑らかで、気が付くと、いつも愛おしくさすっていました。
 形はほぼ真っ直ぐな形ですが、先端には小枝を切り落とした出っ張りがありました。また、手元の部分は少し膨らんでいて、しっかりと握ることできました。
 この棒を手に入れてから、ポルは自分もすばらしくなりたいと思うようになっていました。
(すばらしい棒)を見たバミットが、自分の(すばらしい筆)を自慢しながら言ったのです。
「このすばらしい筆を、ポルが持っていたって何の意味もない。絵を描くのがうまい俺が持つからふさわしいんだ」
 すばらしいものと、ふさわしい持ち主。
 なんて、すばらしい言葉なんだろうと思いながら、ポルはスキップをします。スキップだって以前とは違います。よりリズミカルに速くできるようになりました。スキップの勢いで、そのまま大きな水たまりを飛び越えられたときには、自分でもすごく驚いたものです。

すばらしいスキップ

 すばらしくスキップができるようになったのは、もちろん努力したからでした。さらには、努力する自分がすばらしいとも感じました。
 また、他にもポルは努力するようになりました。家にいるときは、ペンウッドの作業の手伝いをして、フィロのところではケーキ作りや魔法の手伝いをして、ジータのところでは野菜作りの手伝いをしました。
 それから、たまにバミットが絵を描く手伝いもしてあげました。
 すると、ポルはすばらしく手伝いが上手になり、ふと考えるようになったのです。
「おいらも、自分で何かをやってみよう! それは、きっとすばらしいことに違いない」
 三日くらい考えて、思いついたのは、魔法のビー玉のことでした。フィロに鑑定してもらってから、しばらくはポケットに入れて持ち歩いていたのですが、特に何も起きないので、そのうち小さな宝箱に入れて家の引き出しにしまったままになっていました。いくらフィロが魔法のビー玉だと言ってくれても、実感が沸かなかったのです。
 ですが、それはポルがフィロの言ったことを実行していないことも原因でした。
「ポル、あなたがこのビー玉の魔法を調べてみればいいのよ」
 フィロは、そう言っていました。
 すばらしい棒を手に入れたポルは、しっかりと魔法のビー玉を調べてみることに決めました。そして、みんなには「魔法のビー玉研究家」と名乗るようになりました。

#第二章 魔法の研究

 いつものように、ポルがすばらしい棒を持ちながら道をスキップしていると、フワンに出会いました。
「やあ、フワン。何か手伝うこと、ある?」
 立ち止まったポルは、すばらしい棒を撫でながらたずねました。
 フワンは、相棒の宝箱を撫でながら答えました。
「いいや、特にないよ、ポル。ところで、ビー玉の研究は進んでいるの?」
「うん。今朝もコップの中の水にビー玉を入れてみたんだけど、何も起こらなかった。もしかしたら、水が沸騰したり、甘くなったり、色が付くかもと思ったんだけど、何も変わらなかった。でも、おいらはもっと研究するよ」
「そう、それは大変だね。何かわかったら、僕にも教えてね」
「もちろん」
 二人は手を振って別れました。
 ポルは、フワンを見送りながら、すばらしい棒で地面に線を引きました。今日ここで、フワンと出会った記録です。いろいろなことを記録することは、研究家として大切なことだとフィロから教わりました。
 今日も、これからフィロの家に行って魔法のビー玉の研究について報告をする予定です。もちろん、フィロの家で紅茶やケーキをごちそうになるのも楽しみですが、(すばらしい棒)を手に入れた近頃では、ポルがフィロを自分の家に誘って紅茶をごちそうすることもありました。ただし、ケーキ作りまでは無理なので、これからがんばる予定です。
 フィロの家に着いたポルは、バラが咲く門をくぐって花園を抜けると、ベルを鳴らしました。そして、フィロが戸口に現れると、挨拶をしてから花園を振り返り、花の話をします。
「ポルは、花のことも以前より詳しくなったのね」
 フィロにほめられたポルの頬が赤くなります。
「この、(すばらしい棒)のおかげかな。おいら、この棒にふさわしくなりたいんだ」

うっとりするポル

「それは、いいことだわ。さあ、中に入ってお茶にしましょ。ビー玉のことを教えてちょうだい」
 ポルは、フィロに誘われて部屋に入ると、出された紅茶とケーキをいただきながら、魔法のビー玉の話をしました。
 まだ、何の魔法がビー玉にかかっているのか不明ですが、いろいろな魔法の効果を想像しながら実験するのは、とても楽しいことでした。
 フィロは、優しくポルの鼻を撫でました。ポルと同様に、魔法使いのフィロも魔法のことを話す言葉には熱がこもります。
「ポル、あなたが考えた魔法の効果はね、ほとんどが実際に魔法でできるのよ。でもね、そのためには正しく準備をして正しく呪文を唱えなくてはならないの。それには、時間も知識も材料もたくさん必要よ。だけど、そのビー玉にはもともと魔法がかかっている。きっかけさえあれば、何かが起こるはずなの。すばらしいビー玉だわ」
「でも、どんな魔法かわからないんだよね」
「そうね。でも、どこの魔法使いが魔法をかけたかわからないけど、手間をかけたことには違いないわ。きっと、意味のある魔法だと思う」
 フィロのはっきりとしない言い方にポルは戸惑いましたが、横に置いてある(すばらしい棒)を手にすると、なぜだかまたがんばろうと思うのでした。
「ところで、フィロ。何か、手伝えることとかある。何でも言って」
「そう、ありがとう。実は、魔法で使う材料を採ってきて欲しいのよ。東の岩場に咲いているスイセンの花びらよ」
「はい、わかりました」
 フィロは、ポルの鼻を優しく撫でました。よく手伝いをすることを(すばらしい)と思いつつも、張り切りすぎている姿を見て、なんだかポルらしくないとも感じるのでした。

#第三章 ポルの決断

 岩場に到着すると、そこは草木がまばらに広がるだけの日当たりの悪い寂しげな場所でした。ポルは、こんな場所に花なんか咲いているのかと思いましたが、岩壁に沿って上を見上げると、風にさらされる斜面の所々にスイセンの花が咲いているのを見つけました。
 ポルは、ポケットからビー玉を取り出すと、この場でどんな魔法があれば便利か考えてみました。
「そうだな、おいらが魔法使いだとしたら、こんなとき空を飛べる魔法を使うかな」
 ポルは、まるでビー玉に語りかけるように独り言を言いましたが、ビー玉は光るわけでもなくポルを浮かばせることもありませんでした。
「ま、これも実験さ」
 ポルは、ビー玉をポケットにしまうと(すばらしい棒)を手にしながら岩を上り始めました。ですが、岩場を登るのには両手を使わないと無理だとわかり、諦めて(すばらしい棒)は岩に立てかけておくことにしました。
 岩場を登っていく間も強めの風がポルに当たりました。吹き飛ばされるほどではありませんが、気を付けながら登っていきます。
 下を見ると、登ってきた高さに身震いしますが、振り返って見れば遠くの景色まで見渡せました。さらに、空の様子にも気が付きました。遠くの空は晴れているのに、ポルがいる付近だけどんよりとした雲があります。
 雨が降りそうです。
 ポルはスイセンの花を茎から摘むと、口でそれをくわえ、ゆっくりと降りていきました。途中で、ポケットのビー玉の魔法に期待して飛び降りてみようかとも思いましたが、実験は慎重にするべきだと考え直しました。
 岩場を降りきったポルは、(すばらしい棒)を拾い、スイセンの花を小脇に抱えながら走り出しました。
 そして、フィロの家に立ち寄ってスイセンを渡すと、すぐに家に向かいました。ですが、残念なことに途中で雨が降ってきてしまいました。
「ああ、どこかで雨宿りしなくちゃ」
 空の具合から、おそらくは通り雨だと感じられたので、ポルは近くの林の中に駆け込みました。すると、そこにはフワンがいました。
「やあ、ポル。君も雨宿りかい?」
「うん、急に振ってきたね。でも、すぐ止むでしょ。向こうの空は晴れているし」
「そうだね」
 ポルとフワンは、しばらく黙って雨を眺めました。雨は強く降っていて、木の葉や地面を打ち付けます。その音は、繰り返し繰り返し続きます。水たまりには、雨が落ちる度に小さな波紋ができていました。
 ポルは、ふと呟きました。
「雨って、丸いんでしょ」
「そうだね。でも、落ちるのが早いから目では見えないかな。でも、滴と同じ」
 フワンは、葉っぱからしたり落ちる水滴を指さしました。
「雨がビー玉だったら、降ったあと地面がとても綺麗になりそうだね」
 ポルは、真面目な顔で言いました。
「うーん、確かにそうだけど……。当たったら痛いよね」
 フワンの言うとおりでした。ポルは、思わず笑い出しました。そして、自分のビー玉をポケットから取り出して雨に当ててみました。
 二人でビー玉を見つめます。
「ポル、何も起こらないね」
「いや。雨が止みそうだよ。ビー玉のおかげかも。また、次に雨が降ったときに確かめてみるよ」
 ポルは、空を見上げて言いました。
 やがて雨が止むと、雲の合間から日が差してきました。すると、驚くことが起きました。なんと、雨と入れ替わりに空から七人の妖精が降ってきたのです。妖精たちは、それぞれ色の違うカサを差しながらふわふわと降りてきます。
 雨宿りをしていた林の中でポルとフワンがぽかんと口を開けながら眺めていると、妖精たちは地面に降り立ち、カサを同じ方向に向けて並べ始めました。
 妖精を見るのが初めてだったフワンは、思わずポルを引っ張って茂みの中に隠れました。
「ポル。あれって、妖精だよね」
「うん。でもね、妖精はいたずらするから気をつけてよ」
 戸惑っているフワンに、ポルはひそひそと告げました。
 しばらくすると、妖精が並べたカサが輝き出し、七色の光が放たれました。それは、弧を描いて小さな虹になりました。ポルが知っている大きな虹とは違うものの、その小ささは妖精のカサのサイズに似合ったものでした。
 隠れていたつもりのポルたちの所へ、妖精たちが飛んできます。二人が身構える間もなく、妖精たちはくすくすと笑いながら話しかけてきました。

七色パラソル

「さあ、虹をくぐるかどうか、決めてちょうだい」
 ポルは、フワンと顔を見合わせて首を傾げると、素直に妖精にたずねました。
「それをくぐると、どうなるの?」
「ふふふ。秘密よ。くぐってからのお楽しみよ」
 またかと、ポルは思いました。妖精のいたずらは、こりごりです。もう、このまま帰ろうかとも考えましたが、フワンの一言で気持ちが変わりました。
「ポル、何で妖精とふつうに話してるのさ。フィロと相談した方がいいよ。フィロは魔法使いだから、きっと助けてくれるよ。ねっ。ポルだけで決めない方がいいって。ぼくだったら、絶対に、妖精の言うとおりになんてしないな」
 ポルは、(すばらしい棒)を握りしめました。誰もやらないようなことをやるなんて、きっとすばらしい行動に違いありません。
 その先に何があるとしても、自分で決めたことなのだから、きっと頑張れるはずです。
 心の中に自信が沸いてくるのを感じます。今の自分なら、どんなことでもできそうな気がします。
「フワン。心配してくれてありがとう。でもね、おいらは自分で決める」
 勇気と自信と共に、虹への一歩を踏み出します。
「ねえ、妖精さん。おいら、くぐるよ。虹をくぐるなんて、不思議な感じだけね」
「不思議は、おもしろいのよ」
 七人の妖精たちは、虹の両側に分かれて並びました。ポルは(すばらしい棒)をぐっと握り締め、その間をゆっくりと進みます。そして、虹の前で立ち止まると、心配そうな顔をして見つめるフワンに手を振って虹をくぐりました。

#第四章 シルタムの誘い

 暗い、とても暗い場所でした。小さな虹のアーチをくぐった先に踏み出した足の置き場はなく、戻ろうとしても間に合わず、ポルは落ちていきました。
 虹のアーチの出口は、地面からだいぶ上の空中だったのです。後からアーチをくぐった妖精たちが、空中で羽根を羽ばたかせながら、あららという表情でポルを見ています。
「ぎゃ!」
 悲鳴があがります。ですが、ポルの悲鳴ではありません。
 ポルには、悲鳴を上げる間もありませんでした。幸い落ちた場所が柔らかかったため怪我はしませんでしたが、それでも、恐怖と驚きで息を荒くしながらうずくまります。
「痛いなあ。君、どっから落ちてきたのさ。普通は、洞窟の入り口にあるベルを鳴らすものなんだけど?」
 声と共に炎が灯り、周りを照らしていきます。そこは、四方を石の壁に囲まれた大きな部屋でした。そして、声の主はポルが想像したこともないような、とても大きな竜でした。ポルは、竜の背中に落ちたのです。
 ふいに聞こえてきた大きな声に、ポルは怯えました。すがる気持ちでそばにあるふさふさしたものにしがみつきましたが、それが竜の体だと気が付くのにさほど時間はかかりませんでした。
 見上げた先に、竜の顔があります。
 頭には枝分かれした二本の角が生えていて、体は茶色い毛で覆われています。背中には、部屋の中では十分に広げることはできないであろう、たたまれた大きな翼がありました。
 ポルは、よろけながらも、ゆっくりと立ち上がりました。体はどこも痛くありません。高いところから落ちましたが、怪我はしていないようです。  それにしても、ここはどこなのか。しかも、見たことのない大きな生き物が、自分を見下ろしています。遙か上には、空中に浮かぶ虹のアーチが見えました。あそこから竜の体の上に落ちたのだとわかりましたが、虹のアーチに戻る方法がわかりません。
 そんな、不安な気持ちでよろつくポルの足に、地面に転がっていた(すばらしい棒)が触れました。ポルは、とっさに(すばらしい棒)を拾い上げて握りしめました。そして、勇気を出して叫びます。

シルタムに叫ぶ

「おいら! おいら、帰りたい!」
「ん? 私と旅に出るために来たのではないの?」
 話がかみ合わずにお互い戸惑いますが、先に緊張を解いたのは竜の方でした。
 竜は穏やかな声で笑いました。
「そんなに緊張しなくてもいい。私たちに必要なのは、会話することだよ」
 竜の台詞を聞いて、ポルは体の力が抜けていくのを感じました。わずかな安心感ですが、それがきっかけとなって張り詰めていた緊張が解け始めたのです。
 竜の名前は、シルタムでした。
 ポルとシルタムは少しずつ言葉を交わし、やがてポルは竜が話す内容に引き込まれていきました。シルタムは「旅立ちの竜」と呼ばれる存在で、その住まいはとても高い山の上にありました。そして、広い世界へ旅立ちたい人々が、その強い意志で険しい山を登り、長い期間をかけてシルタムに会いに来ることを知りました。
 シルタムはそんな彼らを歓迎して、自分の背中に乗せて大きな翼で飛び立つのです。それほど素晴らしい機会を、ポルはいきなり手に入れたのです。
「さあ、ポル。君も他のみんなと同じように私と旅に出よう! 君を背中に乗せて、好きなところへ飛んで行ってあげる」
 初めて見る光景。そして、思い馳せる未知の世界。それは、すばらしい誘いでした。その経験をすることで、ポルは本当の素晴らしい自分になることができることでしょう。
 ですが、ポルは、戸惑っていました。全てが、あまりにも唐突なのです。
「おいら、今住んでいるあたりから遠くへ行ったことがないんだ。それに、おいらだけで行くなんて……」
 フィロの顔が浮かびます。みんなの顔が浮かびます。こんなに唐突に、いつも変わらない日常と住み慣れた場所を離れなくてはならないのでしょうか。もう、戻れないのでしょうか。
「想像してごらん」
 シルタムが壁のレバーを引くと、壁の一部が開いて眩い光が差し込んできました。
「さあ、外を見て」
 そこはとても高い山の中腹で、目の前に広がるのは壮大な森林地帯でした。そして、遥か先には空と地上が触れ合うような、ポルには言い表せない広大な景色がありました。
 シルタムのたたまれた翼は、この広い世界を飛び回るためにあるのです。
「この、広大な自然の景色、そして大勢の人々が暮らす町。君は、私という翼を手に入れてそれらを飛び回ることができるんだ。そして、君の知らないことを知り、多くを経験することができる。それは、すばらしいことさ。すばらしく変われる自分を想像してみるんだ。これは、君のための冒険さ」
 シルタムの言うことを聞きながら、ポルは(すばらしい棒)を握りしめました。確かに、シルタムの提案する(すばらしく変われる自分)はポルが望んでいたことなのです。自分で決めて、それを実行することが、すばらしいことなのだとポルは知っていました。
「シルタム。君の誘いはすばらしいことだと思う。おいらも、行ってみたいと思う」
 ポルは、少しだけシルタムの目を見ると、うつむいてポツリと言いました。
「それなら、行こう。ほら、こんな風に空を飛んで行こう!」
 唐突に、シルタムは洞窟の出口に向かうと、翼を広げて外へ飛び出しました。その姿は太陽に照らされて眩く輝き、ポルをうっとりさせました。旅立つ話は現実なのだと、強く感じさせられました。
「でも」
 ポルは、シルタムが空を旋回して戻ってくるのを待って話しを続けました。
「おいら、今は行けそうにない。みんなの所に帰りたい」
「みんなとは?」
 ポルは、シルタムに仲間達と過ごす日常を話して伝えました。穏やかで変化の少ない日常ですが、大切にしていきたい仲間たちとの日常は、何にも変え難いものでした。仲間達の顔が頭に浮かびます。フワンの注意も聞かずに自分で決めて妖精の虹をくぐったポルでしたが、その先に続く旅立つという結果を受け入れることができませんでした。
 帰りたい。帰るには、だめな自分を認めるしかありません。自分で決めたことを貫き通せないような、少しも(すばらしい棒)にふさわしくなかった自分を。
「そうか……。それは、とても残念だ」
 シルタムはゆっくりと翼を揺らすと、ポルのそばに頭を寄せました
「さあ、乗りなよ。角に掴まって。君を帰してあげる」
「うん」
 自分では届かなかった虹のアーチが、シルタムの手助けにより、あっと言う間に目の前までやってきました。妖精たちがその周りを飛び回ります。
「ありがとう、シルタム。おいら、本当に君と一緒に行きたいと思ったんだ。でも、決められなかった」
「わかっているさ。焦らなくてもいいんだ。今は、君の仲間たちと過ごす時間を大切にして。でも、きっと君はいつか自分で決めて旅立つと思う。そのときは、私を訪ねて来てほしい。私は、シルタム。旅立ちの竜だ」
「うん。そうする」
 ポルは笑顔で答えました。
「それまで、これ預かっておいて」
 ポルはシルタムに(すばらしい棒)を手渡すと、虹のアーチへ飛び込みました。続いて妖精たちも飛び込み、やがて虹は薄れ、消えていきました。
 ポルの手には、もう(すばらしい棒)はありません。

#第五章 帰還

 戻ってきたポルは、フワンに抱きつかれながら、気の抜けたような表情で言いました。
「おいら、みんなと一緒にいたかっただけなんだ。みんなのこと、好きだから」
もう、日が暮れます。気が付けば、妖精の姿はどこにもありません。虹のアーチも、妖精たちが並べた小さなカサも、消えてしまいました。

帰還したポル

 フワンと別れて家に帰ったポルを、ペンウッドが出迎えます。
「おかえり、ポル。もうすぐ、夕食だよ」
 今日、ポルにとってすごい出来事があったことが嘘のように、いつもの日常がそこにありました。改めて心地よさを感じます。
 シルタムがいたあの場所へ行くのは、きっと早すぎたのです。
 でも、いつか、きっと。
「はい、これ」
 ふいに、ペンウッドがポルに手紙を渡しました。
「これは、なに?」
「ポルがいない時に、旅人が来たんだよ」
 宛名のない手紙。そんな手紙を旅人が運んでくることがあります。送り主の気持ちだけが、どこかの誰かに届くように。
『名前も知らない、すばらしき君へ。君がどこにいて何をしているのかはわからないけれど、そんな私たちが、いつかどこかで出会えたなら、それはきっとすばらしいことに違いない。私は自分らしく過ごし、いつかすばらしい自分になれたなら旅に出ようと思う』
 ポルは、驚きました。自分と同じような想いを持った人がいたのです。
「ペンウッドさん。実は、おいらね」
 ポルが語ったのは、未来への決意でした。ペンウッドは、ただただ、微笑みながらポルの話を聞き続け、一言だけ伝えました。
「あせらずにゆっくりと、ポルらしく、すばらしい出会いにふさわしい自分になればいい」
 その言葉は、とても暖かくポルを包みました。(すばらしい棒)はもうありませんが、手紙とペンウッドの言葉は、それ以上にすてきな贈り物となりました。
 その晩、ポルは、世界を旅する自分の姿に想いを馳せながら眠りにつきました。
 旅立ちの竜シルタムの背に乗って、すばらしい未来へ。


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